日本のモノづくり力強化の重要性

 過去には技術立国と謳われたこともある日本のモノづくりは、新興国の台頭やIoT、AI等の相次ぐ新技術の出現によって競争力の強化が喫緊の課題となっている。現在のように世界各国がグローバルでの生き残りをかけて鎬を削っているような状況下では、モノづくりの面でも独自性、優位性を保つことが極めて重要になってきている。万一、モノづくり技術等を他国から安易に買い入れるようでは到底自国を防衛することさえできない。世界情勢が激しく変動する中で、資源の少ない日本においてモノづくり力の強化をはかることは国の存続にも関わる生命線と言っても過言ではない。

 国の自衛のために、そして次代を担う日本の若者達が将来への希望を持って前へ進んでいけるように、日本のモノづくりについての歴史を振り返り、優位点と課題を明確にして今後の方向性を示し、日本のモノづくり力強化の一助となるべく目次に沿って述べていきたい。

日本のモノづくりの歴史

(1)古来からの技術の継承

 日本では、砂鉄を炭火の中で鞴(ふいご)で低温還元し燐や硫黄等の不純物が極めて少ない非常に純度の高い鋼を製錬し、それを鍛えて工具や農具、和包丁や和鋏、日本刀を作りあげる等、他には例をみない優れたモノづくりを太古の昔から培ってきた。日本刀は欧米列強が植民地化を狙って大挙して来航した際に国を守ることにも役立っているが、それは日本刀が他に類を見ない切れ味と強度を持っていたのと、日本刀を使う優れた技能を鍛えていたからである。このように優れた技術や技能が生まれた背景には、日本古来から営々と技術や技能の伝承と発展のために研鑽し後世に託そうとする先人達と、それを受けてさらに磨きをかけて優れたものに仕上げていこうとする後世の若者達との間に連綿と繋がる心技体を備えた日本独自のモノづくりの継承の精神があったからである。

 時間と費用がかかる新しい技術は、自ら開発するのではなく他者から盗むべきものだと考える中国や韓国の企業等とは、その差が歴然である。

(2)加工貿易からの脱却

 日本には資源が少ないので加工貿易で生きていくしかないという考えに囚われていた時期があった。そのため輸入した材料を加工して付加価値を付けた製品を作ることから製造業が始まり、その後、『完成品を持ち帰る』ことを前提で関税を免除する中国の特別加工区域に材料を送り、安価な労働力を使って加工して持ち帰るといった動きもあったが長続きはしなかった。この原因は、為替変動により収入が不安定になることと、輸送コストの製造原価に占める割合の増加により採算が合わなくなってきたことによる。その後、材料を現地調達できる海外で加工も行い、完成品を輸入するといった動きが加速した。現在も、中国やベトナム等から完成品を持ち帰っている企業も多い。しかしながら、製品の高機能化・高性能化に伴って材料費が原価に占める割合は漸次低下し、一方で、加工方法の工夫と自動化で加工費比率を低減することによって採算面でも日本での生産が可能となった製造業が増えてきた。特に輸出に不利となる円高にも耐えうる原価低減を行って為替変動の影響を受けない真の企業競争力を保有する企業も増加しており、今後さらに製品の高機能化・高性能化が進んでいくので日本の製造業にとっては有利な展開となっている。

 一方、地下資源についても、磁石の材料であるコバルト等の希少金属(レアメタル)の市場を独占している中国が一時期輸出禁止にしたことがあった。日本企業は苦戦したが、コバルトの使用量を削減した磁石を開発したり、代替品を活用したり、リサイクルによってトータルの購入量を低減して、省レアメタル化を推進し抜本的な対策を講じる等、外乱に対する対応力が極めて強くなってきている。元来地下資源の少ない日本には、何か問題があれば何とか工夫し克服していく能力が備わっているのである。そして、工夫をしていくことによって、日本人の技術・技能レベルが向上し、人的資源の価値が高まっていくのである。

 材料でも最終的には利材と廃材に仕分けられ、リサイクルして資源になるか、ゴミになるか分別されていくが、人も人数だけ多くても質が良くなければ人的資源とは言えないのである。その点、日本の人的資源は、その質の良さを完全に保証できるものである。

(3)日本独自の生産形態の確立 

 モノづくりの基本である生産形態は国によって大きく異なっている。例えば、北米等では機械加工なら機械加工だけを並べることが多く、労働組合までが工程別となっている。旋盤工組合、溶接工組合のように、工程を水平に並べる考え方である。これは各加工設備の稼働率を高めて設備の投資効率を上げる手法である。一方日本では、初工程から最終工程までをできるだけ一貫して並べた垂直統合の考え方が採用されることが多い。当然労働組合も工程別ではなく企業単位である。この生産形態では設備投資の効率が低下する場合がある。一般的に生産設備は大型で生産能力が大きく価格も高いものが多いが、それを工程順に単純に並べていくと各設備の稼働率は低くなり採算が合わなくなる。また、大型設備を導入すると設備の設置スペースも大きくなり、土地や建物の費用負担も過大となる。そこで、日本では設備の小型化、ローコスト化をはかって設備コストを大幅に低減する活動が活発となった。所謂省スペースローコストオートメーションである。また一方で、工程によっては大型プラントが必要な場合があり、例えば、プレスや塗装・メッキ等の専門工場では、他の企業とサプライチェーンを組んで大きなネットワークを構成し工程の垂直統合化をはかって生産工程を一貫化している。このようにモノづくりについても考え方が基本的に異なっているが、垂直統合型の製造原価の優位性は明らかである。何故なら、製品の品質・信頼性やトータルコストを自己完結型でコントロールできるからである。即ち、自己努力のみによって、所要の品質を確保し要求性能を満足させながら市場価格に見合う製造原価に収めることができるからである。

 但し、垂直統合型では、前後の工程に携わる従業員の連携が不可欠であり、なおかつ後工程に対しては品質・納期等で責任を持った対応が必要である。これは、日本では普通にできることであるが、全てマイペースの諸外国では簡単ではない。他人を思いやる日本人の特徴が、垂直統合型の優れたモノづくりの形態を具現化させており、日本の強力なモノづくり力は他には簡単に真似できないものである。

モノづくりの独自文化

(1)精神面を重視したモノづくり文化の発展

 世界には技能五輪のように技能を競う競技があり、世界各国から選手が出場して種目別に腕を競っている。国によって取り組み方は異なるが、特に中国や韓国では国が主体となって強化に取り組んでいる。日本では出身母体の企業が必要経費のみを負担し、選手は働きながら練習を重ねて競技会へ出場するのが一般的である。また、日本の場合には、競技に出場する選手と指導者が一緒に伊勢の五十鈴川で真冬に禊を行い伊勢神宮で必勝祈願することが多い。これは単なる勝負に対する神頼みではなく、古来より技能の神髄を究めんとしてきた先人達に神域にて敬意を表すものである。競技に勝つことだけが目的ではなく、禊の場を設けて精神を修養し、立派な社会人を養成するための教育の一貫として考えられている。心技体の『心』の部分に力を入れるのは日本の特徴であり、それが日本のモノづくりの継続的な発展に寄与しているのである。

(2)顧客本位の姿勢と努力

 『自分が作った物に改善点はなかったか』という自省をするのが日本人である。それは、謙虚と言われる日本人の精神そのものである。その謙虚さによって現状に自己満足することなく改善が継続され、美しく安全で機能的な物が作られていく。そして、不思議なことに謙虚であれば保守的でありそうなのに、日本人の目新しい物への好奇心は極めて旺盛である。好奇心が強いのは、神代の時代からの日本人の特性であるかもしれないが、それによってモノづくりについても、現有の技術や技能に固執することなく新しいものも取り入れ、さらに創意工夫していこうとする強い進取の気概がある。
 このように、生産者がお客のことまで考えるのは日本では当たり前であるが、世界では一般的ではない。世界中で偽物が横行しているのが良い例だ。お客のことを考えるなら偽物等を作れる訳がない。お客の反応を見たいと思うのは、お客が満足しているのかどうかを確認したいがためである。それも機能だけでなく、使い勝手や形の美しさに至るまで全てに拘って顧客目線で見ることを心掛けている。お客が満足すれば自分も共に満足する日本人の姿がそこにある。機能が備わっていれば充分であり、使い勝手や形の美しさは無用のものと考える欧米の企業との違いは言うまでもない。また、中国人が日本で爆買いしているが、その背景にあるのは、中国人は中国人が作る物を信用していないからである。日本で売っている製品も中国で生産されているものが多い訳であるが、日本人がその製品のモノづくりに関わっているというだけで信用されているのである。このように、モノづくりに関して日本人が追求しているのは日本国そのものの信用と信頼に関わるものである。

(3)チームプレーによる競争力強化

 往時、日本は急激な円高に見舞われ日本での生産は成り立たないとの危惧があり、安価な労働力が確保できる中国やベトナム等への海外生産に移行する企業が多かった。現在でも多少その傾向は続いているが、その中にあっても日本国内で営々と事業を守り続けてきた中小企業がある。 

 これらの企業は、パート主体の従業員構成で労務費の増加を抑制しつつ地域近隣での雇用の確保に貢献しており、一方でロボット等を導入して3K(きつい、汚い、危険)作業を軽減するとともに難作業を自動化して合理化をはかる等、時代の流れに遅れることなく生き抜いてきている。このような中小企業が大企業とサプライチェーンを組んで強力なモノづくりのネットワークを形成しており、安価で高品質な製品や構成部品の生産・供給に大きく貢献している。神代の時代から日本には万能の神は不在で、一神一芸の八百万の神々が相互依存して助け合ってきた風土がある。所謂、和を持って尊しと為すという日本特有の協業精神が大小の企業の連携を促し、相互に研鑽を積むことによって技術・技能のレベルが飛躍的に向上している。この根底にあるものは、日本社会に根差している本質的な平等意識であり、即ち大企業と中小企業とが対等にモノを言えることが、技術・技能の限りない発展の支えになっているのである。

 このように日本人はチームプレーが得意であるが、これを端的に示す諺に『中国人は、一人なら竜であるが二人になると豚になる。日本人は一人なら豚であるが二人になると竜になる』というのがある。また、日本ではモノづくりに関して自己努力のみで事業を営んでいるのが一般的である。その結果、外部の影響を受けにくい自立した強靭な企業体質となり、それが日本経済の底辺を支えている。韓国では、技術の遅れを一気に取り戻すために、国家が主導する形で日本の設備を買い入れ日本の技術者を雇って日本の技術を模倣し国策として大規模な設備投資を実施してきた。その結果、政府と密着した巨大企業が市場を寡占化してしまい中小企業を淘汰して雇用の機会を圧縮し、17年度の若者の失業率が過去最悪の12%となった。韓国の将来を支える若者に働く職場がないのは本末転倒であり、多数の企業が自立して健全な事業を営めるようにして雇用の機会を増やす必要があるが、国家レベルの莫大な利権が絡むだけに今なっては実現は不可能に近く憂うべき国難となっている。

 一方、中国では主要な事業を育成し新技術やノウハウを取得するために政府主導でスパイ行為を行う等、あらゆる手段を使ってきた。近年は更に主要事業の国営化を推進して体制の強化をはかっているつもりであるが、これは時代に逆行しており本来は憂慮されるべきことである。

 中国やロシア等の共産圏では、国営企業こそが国家を支えるものと考えているが、企業の生産性を大きく改善できない宿命を背負っている。共産圏の国営企業では、平等の名のもとに作業者の能力を適正に評価する仕組みがなく、怠惰であっても首にはならず、努力しても報われることはない。国営企業しかなかった30年前の中国での生産性は世界最低であり、国営のままでは永遠に生産性が改善されることはなかった。そして、安価で豊富な労働力頼みで事業を拡大してきた訳であるが、近年は海外から進出してきた企業が中国からベトナムやインド等の新興国に工場を移転しはじめており、低賃金の優位性は既に低下し競争力には大きな翳りがみられる。

 チームプレーを得意とする日本企業の強みは今後益々顕著になっていくであろう。

先端技術の動向と展望

 日本のロボットは世界で有名になったが、ロボットを導入すれば生産工程を自動化できるという訳ではない。生産工程を自動化するには、自動化する作業の標準化、製品に合わせて設計・製作する金型や治工具等の準備、及び自動化した設備の保全技術等も含めた総合的な生産技術力が必要である。そして、工夫を重ねて設備投資額を圧縮し、採算が成り立つ綿密な計画を練り上げる必要がある。単に金で買えばうまくいくといった単純なものではない。海外の工場でロボットを導入して不良品を大量に作ったり、死亡災害や火災事故等を発生したりする例は後を絶たず、トラブル発生時に抜本策を講じないので必ず再発している。

 日本でも初期の段階では同様のトラブルもあったが、経験を積み本質的な対策を講じてきた結果、現在ではほとんど問題は発生していない。これも日本人の真面目な取り組みによるものであり、海外勢が急追できるものではなく、自信を持って良いものである。最近、IoT(物のインターネット化)が持て囃されているが、これもコンピューターを導入すればよいといった単純な話ではない。その恩恵を受けるには、IoTをどのように使うかによる。

 IoTの主たる目的は『物の流れの見える化』であるが、見えただけで満足している企業が多く問題となっている。見えたらどうするかが、一番重要なことであり、例えば『生産ラインの見える化』を導入した企業が設備故障を修理する保全体制を持たず、設備の故障停止を放置している場合がある。このような本末転倒の事例は案外多く要注意である。しかしながらIoTを良く理解しモノづくりの有効な手段として上手に活用すれば複雑な工程でも効率良く生産できるようになり、今後の製品の高機能化・高性能化の進展と相まって、日本のモノづくりの競争力は一段と向上できると考える。

モノづくりでの失敗事例と対応

 これまで述べてきたように、日本のモノづくり力は大変力強く素晴らしいものであるが、それでも過去には残念ながらモノづくりで敗北して日本の産業が衰退した事例もある。その代表事例が、テレビやパソコン、スマホ等で使用される液晶ディスプレイの製造業である。その原因は、市販されている汎用設備を購入し、設備の使い方をマスターすれば誰でも液晶を生産できるため、韓国では国策として日本から高額の設備を大量購入し、日本の技術者OBを短期に雇用して使い方を学び生産体制を整えたことによる。日本が韓国の液晶産業を一から育て上げ、結果的に日本の液晶産業は衰退したのである。しかしながら韓国や中国は時間と金のかかる地道な開発はやらないし、元来開発意欲も無いので他者が開発した物を真似るか、盗むだけであり、その産業が成熟した後は韓国も中国も同じ衰退の道を辿ることになる。

 このような負の連鎖を未然に防止し、事業を将来にわたって継続的に発展させていくためには、企業内の生産技術力を強化するとともに生産設備や治工具・金型等を極力内製化できるようにして技術やノウハウを内部に蓄積し外部に流失しないような取り組みが必要である。

 そして、そのためにはモノづくりに携わる生産技術者を景気の変動に関わらず、継続的に採用して教育・育成していくことが重要である。

今後の課題と対応

(1)世界のモノづくりマスターとしての役割

 海外から大勢の観光客が訪日しているが、彼らが皆共通して驚嘆するのは日本の街並みの清潔さである。日本人であれば当たり前のことなのに外国人が何故このように感激するのか? これは海外へ行ってみれば一目瞭然で、即理解できることである。

 モノづくりにおいても同様で海外の生産工場は概して汚いことが多い。建物の外見は立派でも一歩中に入れば、製品や部品が床面に乱雑に放置されていたり、機械設備の内面の油汚れや、工業用掃除機のフィルターの汚れ等、挙げればきりが無い。日本では、整理、整頓、清掃、清潔等といった言葉は常識となっているが、これを的確に表す外国語がないので海外の工場では、そのままローマ字で示していることがある。改善等も既にローマ字が英語になっているが、このように日本では当たり前ことを海外で教えることによって世界の工場はクリーンになっていくと考える。職場がクリーンになることは人々の精神面のケアにも良い影響を与え、世界の人々の本質的な平和共存にも繋がっていく。そして、心技体を備えたモノづくりの真の指導者として同じ志を持つ世界の若者達を指導・育成して、世界が幸せな未来を構築していくことができるようにするとともに、他人を教えることによって自己の能力を一段と向上させ、モノづくりの強化をはかっていくべきと考える。

(2)継続的なモノづくりへの信用と信頼の確保

 以上述べてきたように、モノづくりについても、日本が世界で果たす役割は極めて大きいと言える。何故なら、日本のモノづくりは、本質的に人を幸せにする思想の上に立っているからである。諸外国で横行する金儲け主体の低品質な粗悪品や、人を騙そうとする偽物を作るのとは、正に対極を為すものである。反日の代表格である中国から日本へ来て爆買することが、その大きな証となっている。

(3)国際標準等の法整備の必要性

 以前に欧州から突如として出現したISO等の国際標準というものに注意しておく必要がある。日本人は、IoTについても、目に見える『物』に関係するところは確実に対応していけると思うが、『規則やルール等、法規に関連すること』に対してはほとんど興味がないか、無知・無力である。その結果、ISO等の国際標準の認証を取得できなければ、海外との取引ができないとか、国際的な信用が得られない等の不利な状況に追い込まれ、国際標準の認定証を取得するために多額の費用を支払い、さらに定期的な認定継続のための監査費用も支出している。先にルールを作った者が他者を従わせ、自らは何も労することなく多大の利益を搾取しているのである。

 その反省を踏まえて、日本でも政府や大企業を中心に国際標準の作成に参画していく方針のようであるが、謙虚で思いやりのある日本人は、自分本位な考えを基に他者を無理やり従わせるような国際的な標準類を作成するのは元来苦手なので、日本がリーダーとなって仕切っていくことは難しいと思われる。おそらくIoTの国際標準は、交渉事の得意な欧米がリーダーとなって作成していくことになると思われるが、絶えず情報を収集して、『主催国が権利を有するが責務を負うことはなく、他国から莫大な認証取得費用等を正当に徴収できる』等というような日本が不利となる仕組みにならないように、ルールの作成に参画し強い立場の主催者側のメンバーになり、主張すべき点は主張する等、以前の失敗と同じ轍を踏まないように油断なく取り組んでいくべきである。

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